先日、友だちとファーストフード店に入り軽く食事をした時、食べ終わってからのゴミの量に愕然とした。たった二人で食べたのにトレイの上はゴミで山盛りだった。それらを一気にゴミ箱へ流し込んだ時、罪悪感にも似た後味の悪さを感じた。そして、ふと思った。この紙コップをやめて、くり返し使えるプラスチックの容器にしたらどうだろうと。そうすれば、紙コップ、プラスチックのふた、ストローという三種類のゴミが確実になくなる。こうしたリユースカップを実際に使用しているところがあった。大分にある競技場・ビッグアイの売店がそうだ。その仕組みは、売店でジュースやビールを買うと、飲み物代金にリユースカップの預り金百円が加算される。飲み終わってカップを戻すと百円を返してくれる。使い終わった容器は洗浄工場で洗ってくり返し(約二十回)使われる。これによって年間十六万個もの紙コップごみを出さずにすみ、環境への負担をへらしているのだ。人件費やコストの問題など、切り替えるには大仕事かもしれないが、日本に何百店舗もある大手チェーン店がリユースを始めてくれれば、国民にも定着するだろうし、何より地球環境にとってこんなにうれしいことはないと思う。
リサイクルという言葉はどこでも聞くけれど、私はリユースに力を入れたいと思う。牛乳びんの再利用など、今のように環境問題がクローズアップされるずっと前から行われている。リサイクルも資源をムダにすることはないが、リユースに比べてコストやエネルギーが多く必要だ。昔の暮らしで行われていたリユースにもっと力を入れるべきだと思う。
温故知新という言葉があるけれど、母が子供の頃は、買い物カゴをさげて市場に行き、なべを持ってとうふを買ったそうだ。今、まさにその時代に習わなければいけない時代だと思う。ひとりひとりがムダを省くことを真剣に考え、余計な包装は「いりません」と断り、少しでもゴミを減らすように努力すれば、私たちの大切な地球がゴミで埋もれるようなことはなくなると思う。
二十一世紀を迎えた私たちは、便利な生活とひきかえに失った、大切なものをとりもどさなければならない。まずはリユースで、ものを大切にする心をとりもどしたい。祖母は言う「何でも百円で買える時代になったねえ、こんな時代だからこそ、百円玉の重みをあらためて感じて、感謝しないとね。新しく買えばいいとか、捨てればいいとか、そんなふうに思っていると、物で栄えて心で滅びてしまうよ。」戦争を体験し、物のない時代を過ごしたことのある祖母の言葉は、私の心にしみわたった。決して忘れてはいけない言葉だと思う。これからの私たちは責任のある生き方をし、未来をしっかりと見つめる姿勢を常に持ちつづけなければいけないのだと心に誓った。
2005年 環境大臣賞(中学生部門)
愛知県 中学3年 山田 夏菜