“地球を守る”とはなんなのか。 科学的に外見だけを良くしたものが“地球を守る”といえるだろうか。 そこで、私は、『エコ』について考えた。その時、思いついたのが祖父母の家である。
祖父母は毎年、みかんやカキ、ゆず、その他色々な野菜をくれる。もちろん無農薬。大きさもなかなかのもの。しかもおいしのだ。
いったいその秘密とはなんなのか。それは庭、というより土にある。玄関の隣にある生ゴミ処理機、裏庭にあるコンポスト。これがその秘密だ。祖父母は生ゴミを可燃ゴミとして一切出さない。すべて庭で処理しているのだ。そのため、栄養満点の土を掘るとミミズがどっさり…。ゴミを増やさないだけでなく、植物が生き生きと育つ。しかも、彼らの光合成によって、問題となる二酸化炭素が吸収される。まさに一石二鳥だ。こんなに地球にやさしい『エコ』は他にない。
しかし、祖父母の“エコライフ”はこれだけではない。祖父母の家には車というものが存在しない。あるのは自転車。祖父母愛用の自転車は、なんと、私の母が高校生の時に使用していたものである。さすがに年季が入っている。私なら絶対乗らないであろう自転車だ。
物を大切に使い、しかも、車よりもはるかにエコな乗り物、自転車を愛用する祖父は、現在七十五歳。今もその自転車を走らせている。
その他にも、近所のスーパーに買い物に行く時、祖母は必ずスーパーの袋を持参する。
これも歴とした『エコ』である。毎度毎度袋を貰っていくだけでも、年間かなりの量の石油を消費する。しかも、袋を1枚作るのにも二酸化素を排出し、ゴミにすれば埋め立てられてしまうのだ。こんな事をくり返していけば、当然の事ながら、地球はゴミ帝国になっていくであろう。というより、その前の段階で、生物が住めるような環境はないだろう。
最初にも少し述べたが、私達のような一部の人間によって構成された、外見だけのセカイ。確かに、夜光り輝くネオンはきれいだ。しかし、その反面、画面で見る世界の現実は悲惨である。今この瞬間にも、世界では様々な事が起こっている。その中には、幸せな事ももちろんあるだろう。でも、それを優に超える不幸がある事も忘れてはならない。
このままだと、私達ヒトを含むすべての生物にとっての不幸が訪れる日も、そう遠くはないだろう。無関係な人間や生物を巻き添えにはできない。そのためにも、一人ひとりが“地球を守る”ために自分ができる事を考えなければならない。そして、それを今から実行すべきだ ―私は『エコ』について考え、祖父母という一点の光を発見した。私もその光に加わろうと、花の種を蒔いてみた―
2008年 外務大臣賞(中学生部門)
兵庫県 中学校2年 杉原 安美